36日目 ゼロの表情

トルコ=親日、というような図式はもともと信じていなかったが、実際に来てみて思うことは、そもそも日本人だと認識されないのである。『アジア人旅行者=日本人』の図式は田舎ではまだ成り立っているようだが、少なくとも都市部では『アジア人旅行者=中国人』へと変わってしまっているのである。そして、そこにポジティブなイメージは感じられない。日本で中東風の顔つきの方がいたとして、それをレバノン人、オマーン人、シリア人などと見分けることの出来る人はいないであろうし、言葉を聞いても違いも分かるわけがない。無理もないことである。

親日のトルコ人にチヤホヤされるなどという話は今や遠い昔の話で、顔つきだけでアジア人=中国人、の図式が成り立つ。わざわざ自分から日本人ですと名乗る人もいるかもしれないが、そんな行動は最低で無意味だ。

バカリズムに学ぶゼロの表情

可能な限りチヤホヤされたい甘えん坊体質の私は作戦を変更する必要がある。そこで割と功を奏しているのがこちらのスタイル。

愛想笑いはしない。ゼロの表情。レストランでもゼロの表情。キョトンとした不思議そうな表情。無理に片言でのトルコ語の挨拶もしない。Helloとも言わず、手話を基本とする。そして、大切なのは出されたものは必ず全て平らげること。レストランでは食卓のパンのバスケットが空になったら勝手に無料で追加してくれるシステムがあるが、それも無理してでも平らげる。食事を美味しく頂いていることを、皿を空にして行動で示すのである。

アジアから来た摩訶不思議な客人として、おじちゃん、おばちゃんたちに今の所モテモテである。