29日目 深夜特急でアルメニア・エレバンへ

『先生、知るということはどういうことですか』
『知るということは、別の自分になるということです』

10年前か20年前か、新聞か何かの対談でこのような対談を目にした。質問も質問だが、回答者である養老孟司のその考え方にいろいろと気付かされるものがあった。「物事・経験・知識などを『知った後の状態の自分』は『知る前の状態の自分』を想像できない」という自分なりの形に解釈し、納得したのを覚えている。

何を楽しみに旅をしているかといえば、建築・歴史にははあまり興味を持てず、人・言語・自然などが興味の対象である。アルメニアには旅行者を満足させるような観光スポットが国全体通して乏しく、街も面白みがないとの噂である。そこで、アルメニア人について予習をしてみると、どうやらとんでもない国民性のようである。

アルメニア在住経験者によるエッセイ、生活情報、写真。アルメニア語講座。
不思議な、不思議な「アルメニア共和国」
(36) アルメニア人とは?

アルメニア在住の貴重な日本人の方が書いているこのサイトが非常に興味深く、オフライン保存で列車の中で読みふけった。一言で表せば、超自民族中心主義とのことである。「万物の起源はアルメニア」というのである。コーカサス(ヨーロッパ)の韓国と形容する人もいる。

書いてあるからそれを信じるのではなく、あくまで参考情報として留めておいて、自分の五感できちんと確認したい。今はアルメニア人に対して事前の参考知識を得てしまったが、実際に経験したわけではない。それが本当かどうか、明日それ(自分の目を通して知ったアルメニア人)を知った後の自分を想像することはできないため、それが楽しみである。またしても纏まりのない文になってしまった。

鉄道駅のホームは極めて不親切で、何番のプラットフォームなのかなど何の表示もない。
今回も一等車両だが、今度は掛け布団すらもらえなかった。
夜行列車だが、あえて深夜特急(ミッドナイト・エクスプレス)と呼びたい。
不安になるほど誰もおらず、ひっそりと静まり返っている。夕方の廃校に忍び込んだような感覚である。

アメリカでも滅多に見ないような規格外の体重のおじいさんが入ってきて相部屋となり、1時間ほど話した。ロシア国籍のアルメニア人で、これまでアフリカ25カ国なども含めて120カ国以上を巡っている猛者である。貴重なお話をたくさん聞くことができた。結果的には部屋を間違えていたようで係員に注意され出ていったが、もう少し話したかった。

 

トビリシ・エレバン間の鉄道に関して

前回のジョージア入国時の記事と基本的には同様である。

・ファーストクラスは95GEL(4,300円)。国境を超える鉄道はパスポート検査などもあるため、オンラインチケットはなく鉄道駅まで行かなければ購入できない。
・発車1時間前ほどの時点では鉄道は既にホームに来ていた。
・掛け布団は今回支給されなかった
・チャイ・コーヒーが選択できた
・WiFiなどは当然なし
・電源は通路側にあり
・20:20出発
・22:00にグルジア出国側の国境へ到着、24:30にアルメニア人入国側国境出発
・朝06:00頃に着いた駅はエレバンではない別の駅であり注意
・朝07:00到着

アルメニア入国審査にて

コーカサス三国はお互い非常に仲が悪く、アゼルバイジャンとアルメニアは戦争中であり両国間の直接の行き来は実質的に不可能である。そのため今回は間にジョージアを挟んだコースとしている。ちなみに、ジョージアは中立というのもあくまで政治的な方面だけであり、実質的には三つ巴の民族対立の構図ができているようである。

夜22:00、前回同様に鉄道入国管理官がぞろぞろと車両内へ入ってくる。キャビン内には2つのシートがあるが、私の向かいは空席であり、そこに私の担当の管理官が座った。10インチほどの古いWindowsマシンを開き、私の情報をタイプしていく。パスポートの中のアゼルバイジャンの入国・出国のスタンプが押されたページで、めくる手が一瞬止まった。

「アゼルバイジャンには何をしに行った」
「アゼルバイジャンでの住所は」
「アゼルバイジャンに友人はいるのか」
「その友人の名前は」
「その友人の住所は」

真夜中にしかもオフラインで、友人の住所など分かるわけもなく、友達なんていないと言い直した。そうか、といいBackspaceキーを連打しはじめる管理員。なんとも旧ソヴィエト的なお役所仕事である。

ジョージアの国境近くの村。星がちらほらと見えた。

車窓からいい塩梅で満月が覗き、森と川を通過する風景が美しかった。ガタンゴトンと鉄道の音と振動がまた心地よく、寝台特急はやはり悪くないと思った。